異国のパルピタンテ、月ライブ30本以上でメンバー負傷も事務所社長がメンバー批判「脳筋かブラック企業脳だな」「あんだけライブ組んでおいてちょっと怪我したら自己管理不足って公で批判して悪者扱いかよ」

異国のパルピタンテの5月ライブ本数 ⇒33本

そんな中、メンバーの一人が負傷。。。

メンバー自身も謝罪。。。

そんな中、事務所社長がメンバーを批判と取れるTweet。。。

所属事務所社長の経歴は以下。。。

Norikazu Kagoo Navigation Page 籠尾 訓一

1972年、高知県高知市に生まれる。
4歳のときに高知を離れ、以後鹿児島、函館、横浜市などを転々とする。現在は東京、高知に拠点を置き様々な活動を行っている。
小学生(北海道教育学部附属函館小学校)の頃から就きたかった職業は弁護士であるが、不遇な家庭環境により進学を諦め最終学歴は中学卒。中学生のときに祖母が居た高知に戻ったが、素行が悪い時期もあり、鑑別所、少年院に幾度となく入退院を繰り返す。

18歳での出所を期に塗装業の会社に弟子入りし就職するも独立の為、半年で退職。それとほぼ同時に1991年4月、籠尾塗装商会(従業員3名)を設立する。
その後、僅か4年の間に個人経営から、有限会社、株式会社に次々に組織変更。高松支店、松山支店、淡路営業所を開設し塗装、防水工事業での年商は7億円を超え、塗装業界では西日本で有数の企業となる。
拡大路線を推し進める為、1995年、23歳のときに『KAGOO GROUP』を設立し(株)籠尾塗装工業、(株)ハウジングネットワーク、(株)三菱ファイナンス、(有)開洋建設コンサルタント、オフィス・ドリームボール(芸能、イベント制作)、高知北総合保険サービス(グループ総従業員数150名、総資本金4900万円)をまとめ、協力会社で組織する「平成会」には高知県内外の30社余りが加盟。25歳時の年商はグループ全体で18億円を超えるまでに成長。更に、東京、シンガポールへの進出も目指していた。
この最盛期には雑誌で『中卒、24歳、年商13億円の青年実業家』と紹介され、『VIPJAPAN』等の様々な雑誌取材、TV、ラジオの各媒体への出演も多かったが、1999年12月、27歳のときにグループ内幹部による多額の横領事件や、それによる信用不和などを招き、若年経営者で様々な方面で活躍、注目されたKAGOO GROUPの各会社の殆どは解散を余儀なくされ、本人も当時5億円とも言われた個人財産の殆どを失う。

その後、残った従業員5名で得意とする建築とプロレスなどのイベントプロモートを行う(株)アートプロモーションを新規設立し、継続して企業活動を行う一方で、その豊富な経験を買われ各企業のコンサルタント業務も行うようになり、東京、高知間で暫く平穏な生活を送るが、幼い頃からの夢(弁護士、法律関係の職に就く)をかなえる為、34歳のときに法律の勉強を開始。翌年に受けた法律予備校の行政書士全国共通模擬試験で全国1位(300満点中253点)となる。(行政書士試験合格)司法試験にチャレンジし、弁護士を目指すも司法制度改革により中卒は受験資格自体がなくなり、弁護士への夢を断念(現在は各方面からのクレームにより司法準備試験は受験可能)するが、書類作成の代理権が付与され、職域の拡がった行政書士として会社法務、民事法務を中心に行う『籠尾法務事務所』を大手弁護士事務所や隣接法律職とも提携し、2010年に開設。念願の法律職に就く。

現在はこの他にも様々な会社の代表、取締役や理事、各企業の顧問などを務める傍ら、大きなプロジェクトにも複数参加しており、今後の更なる活躍が期待される。

Twitterの反応。。。

情報は随時更新。。。

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